一般入試で大学へ行く、と決めた人へ
いま大学に入る人の半数以上は、共通テストより前に進学先が決まっている。文部科学省の最新の調査では、総合型選抜と学校推薦型選抜、いわゆる年内入試による入学者が全体の53.6%。私立大学に限れば61.6%だ。
2月の試験会場に向かう大学受験は、もう「普通の受験」ではない。少数派の選択になった。
先に、この記事の立場をはっきりさせておく。年内入試は合理的な制度で、そちらを選ぶ人を引き止める気はない。ただ、この文章はその人たちのためのものではない。多数派が年内に決めていく学校の教室で、それでも一般入試で行くと決めた人、決めようか迷っている人のために書く。私たちは一般選抜で戦う受験生を支援する予備校であり、その立場からの主張だ。中立のふりはしない。
一般入試は、過去を問わない
一般選抜の価値を一つだけ挙げろと言われたら、私たちはこう答える。過去を問われない、唯一の入り口であること。
年内入試の中心にあるのは、実は面接や志望理由書ではない。私立大学の学校推薦型選抜を入学者ベースで見ると、6割近くが指定校推薦で、その合否を実質的に決めるのは高校での評定平均だ。評定は高1の最初の定期試験から積み上がる。高1で勉強に身が入らなかった。部活に全部を注いだ。通っている高校にそもそも行きたい大学の指定校枠がない。つまり中学生時代の勉強、人によっては小学生時代に推薦の多い中高一貫校に入っていた。というところから始まる。残念ながらそうした過去はいまさら変えられず、年内入試の世界ではもう動かせない持ち点になる。
しかし一般入試は違う。試験日にできたかどうか。評価はそれで終わりだ。高1の成績も、出席状況も(進級できないレベルは困るが)、どの高校に通ったかも、地方か都市部かも、優秀なOBがいたかも、合否の計算式に入らない。3年間の記録を評価する入試と、いまの実力だけを評価する入試。後者は、出遅れた人間に開かれた最後の逆転の回路として機能している。ここを閉ざさずに残していることが、この制度のいちばんの美点だと私たちは考えている。
進学先を決めるのを、待てる
もうひとつの価値は時間だ。
指定校推薦は9割以上が専願で、原則としてその一校に進むことを前提に出願する。校内選考は秋。高3の秋の時点で、進学先を一つに固定する決断を求められる。17歳の秋に、行きたい学部が定まっている人はそれでいい。定まっていない人にとって、この早さは自由ではなく締め切りだ。
一般入試は、出願まで志望を変えられる。夏に読んだ一冊で学部を変えてもいいし、共通テストの結果を見てから戦い方を組み直してもいい。複数校を併願し、合格を並べてから選ぶこともできる。志望が育つのを待てる入試は、いまや一般選抜だけになりつつある。
まぁでも、一年も変わらないだろと言われてしまえば確かにそれまでだが。
一般入試で大学受験する代償は?
いいことばかりを並べる気はない。過去を問われない入試は、裏返せば、最後の1年の自分がすべての責任を負う入試だ。積み上げた評定という保険はない。試験当日に届かなければ、それまでの努力量は考慮されない。当日得意な問題が出る人もいれば、苦手な問題が出る人もいる。運要素が強い。特に文系は。この重さから目をそらして一般受験を選ぶと、秋以降に苦しくなる。
一般入試で大学を目指した人だけが見る地獄がある
もうひとつ、あまり語られない代償がある。少数派になったことの心理的な負荷だ。年内入試が広がった教室では、秋から冬にかけて、進路の決まった級友が一人また一人と受験勉強を終えていく。12月の教室で参考書を開いているのは自分だけ、という状況は、いまの高3にとって珍しい光景ではないはずだ。進学先が決まり高校最後の青春をつくる友達たちを横目に、自分は寝る間も惜しんで勉強しなければならない。時には恋人が受験と私どっちが大事なの?などという不毛な議論を吹っかけてきたりする。クリスマスくらい遊ぼうよ、とか(こっちは共通テスト直前ですよって)ね。
それでも昔はそれらからただ目をそらせばよかった。しかし現代はスマホですべてがつながっていてそれも難しい。インスタに流れてくる楽しそうな写真、Xで流れてくる遊びの感想、グループLINEで話される卒業旅行の計画…などなどきりがない。もはやスマホを捨てるしかないがそれも無理だろう。しかも早めに受験を終える人が多数派になった時代においてはなおさらだ。
一般受験において自分のメンタルケアはかなり大事
ここは統計のある話ではなく現場の実感として書くが、一般受験の後半戦でいちばん削られるのは学力より先に、この孤独への耐性だと私たちは見ている。
だから、一般選抜を選ぶなら、最後まで一緒に走る環境を先に用意しておくことを勧める。それが塾である必要は必ずしもない。家族でも、同じ道を選んだ友人でもいい。ただ、独りで走り切る前提の計画は、この時代の一般受験では現実的でなくなってきている。
少数派であることは、不利でもおかしなことでもない
最後に、数字をもう一度見てほしい。年内入試が53.6%ということは、一般選抜で入る人がいまも4割以上いるということだ。国立大学に至っては、いまも8割が一般選抜で入学している。少数派とは言っても、消えゆく道ではまったくない。難関大学ほど、一般入試の門は太く残っている。
多数派が先に決めていく時代に、あえて2月の試験場に立つ。それは流されなかったということであり、過去ではなく今の実力で評価される場所を自分で選んだということだ。その選択には、はっきりした理由がある。この記事がその理由を言葉にする助けになったなら、あとは走るだけだ。
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