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Ping Point 記事

教えすぎることの弊害

「教えない」とは、教育の深いテーマの一つです。特に塾や学習支援の現場で、「教える」という行為が主な仕事とされる中で、「教えない」は一体何を意味するのでしょうか?

確かに、懇切丁寧に教えることは大切です。しかし、手取り足取り教え過ぎると、生徒が解答を覚えた気になっても、自分の頭で考える力や本物の学力は育たないことがあります。分かりやすく教えれば教えるほど、生徒の自力で問題を解く能力は低下してしまうのです。

教えすぎることの弊害を防ぐために、教育現場では様々な手法が取られます。例えば、ヒントを与える、後で確認する、説明を促す、板書を写させずに自力で解かせるなどの方法があります。

しかし、教えることや教えないことは単純な二元論では語れません。それは、何を教えるのか、何を考えさせるのか、生徒が自分の力で問題を解けるようにするために教えないのか、教育の目的や指導の在り方が複雑に絡み合っているからです。

私自身は、塾の仕事は本来「教える」ことが中心であり、「教えない」ことは教育の放棄とは思いません。もちろん、適切なバランスを保つことが大切です。最終的な目標は、生徒が自力で問題を解けるようにすることですから。

ただし、分かりやすく丁寧に教えることが、生徒の自分で考える力を奪うという考え方は、単純すぎるかもしれません。人間は単純な生き物ではありませんし、塾の外で復習し、自力で問題を解く機会があれば、むしろ良い影響を与えるのではないでしょうか?

「教えない」というアプローチに魅了され、熱心に実践しすぎるケースも少なくありません。私自身もその一人でした。しかし、不思議なことに、何年も指導を続けた経験を持つ先生たちも、同じ結論に到達するケースが多いように感じます。これも私の経験上のことです。

ある塾で、新人の先生が生徒たちに、「答えを聞いても写すだけでは意味がない。自分で考えて解くことが大切」と熱く語っていました。その先生の言葉に共感し、昔の自分を思い出して微笑ましく感じました。

その後、長く指導を続けるベテランの先生が、その考えを絶賛し、ますます教育のカリスマ的な雰囲気に。ただ、その熱意が一部の教育者によって押し付けられると、それはもはや教育とは言い難いものになります。

教育には多様性が必要です。「教える」ことと「教えない」ことは、教育の大切な一翼を担っています。

 


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